さいたまの地域情報(浦和美園ドットネット)

浦和美園ってどこにあるの??

浦和美園はどこにある

このブログの中心地・浦和美園はどこにあるの??

 浦和美園は、埼玉県さいたま市の東南部にあり、旧浦和市(現:さいたま市緑区部分)と旧岩槻市(現:さいたま市岩槻区部分)にまたがっている地域です。
 さいたま市の東南にあるため、隣接地として埼玉県越谷市と、埼玉県川口市があります。

日本で9番目に人口の多い都市・さいたま市

浦和美園のある「さいたま市」は、埼玉県の南部東寄りに位置する市で、埼玉県の県庁所在地(浦和)で、日本で9番目に人口の多い都市です。
→ 2001年5月1日に浦和市・大宮市・与野市の3市の合併により新設
→ 2003年4月1日に政令指定都市
→ 2005年4月1日に岩槻市を編入させ、現在に至る

行政での名称は「さいたま市美園地区」

 浦和美園という名称は駅名として用いられているだけで「浦和美園地区」という場所は存在しません。
 行政では「さいたま市美園地区」となっているため、浦和美園に住んでいる方はこの地域のことを「美園(みその)」と呼ぶ方が多いです。

 ちなみに浦和美園は、「旧浦和市の美園地区」だから浦和美園になったと思われます。

「美園」は、住民アンケートで決定

「美園(みその)」という名称は、2015年11月に住民アンケートを実施し決定しました。
→ 美園 56.68%
→ 美園北・美園南 28.72%
→ ウィングシティ北・ウィングシティ南8.59%

 ちなみにこの地区、名称や愛称を住民アンケートや公募により決めることが多く、2002年に地域愛称を公募し、「彩の国ウイングシティ」となり、2006年の街びらきの際に「みそのウィングシティ」と改称しています。
 保育園の園名や、場所の通称など街の所々で「ウィングシティ」という名称が残っています。

美園地区ってどんな街?

美園地区は、2001年に開通した埼玉高速鉄道埼玉スタジアム線「浦和美園駅」を中心とした都市開発の進む区域とその周辺地域を指します。

  • 都心へアクセスがしやすい
  • 自動車交通の利便性が高い
  • 地区最大のスポット「埼玉スタジアム2002」
  • 公園や緑地が多い街
  • お買い物スポットも増えてきている

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「サッカーの街・浦和美園」戦略 街の魅力について【前編】

都心へアクセスしやすい

埼玉高速鉄道線(赤羽岩淵駅からは東京メトロ南北線)の開通により、東京や東急線経由での横浜方面へのアクセスもスムーズで、都心25km圏に位置する首都圏の郊外地域です。 以下は主要駅への目安の所要時間です。

  • 池袋駅  33分
  • 新宿駅  36分
  • 飯田橋駅 40分(直通)
  • 東京駅  43分
  • 永田町駅 46分(直通)

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浦和美園駅ってどんな駅??

自動車交通の利便性が高い

 美園地区内には、東北道の玄関口「東北自動車道・浦和インターチェンジ」があり、東京外環自動車道等を経由して、常磐自動車道や関越自動車道が利用しやすく、自動車利用するには利便性の良い場所です。
  その為、周辺には運送業や物流業を営む企業も多くあります。

有名スポットは埼玉スタジアム2002

 この地区で最も有名なのが「埼玉スタジアム2002」。
 FIFAワールドカップ2002開催に伴い建設された国内最大のサッカー専用スタジアム(日本国内のサッカー専用競技場としては最大となる63,700人を収容できるスタジアムです)。現在もサッカー男子日本代表戦等国際大会を開催しています。
  また、Jリーグの中でも熱狂的なファンが多いことで知られている「浦和レッズ」のホームスタジアムとしても利用されています。

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公園や緑地の多い街・浦和美園

さいたま市緑区という名のとおり、公園・緑地が多く、街の中心部を綾瀬川が流れ、近くには、世界かんがい施設遺産登録された見沼代用水を利用した見沼たんぼもあり、水・みどりの環境資源があります。

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→ 浦和美園の公園ってどんな公園があるの??

お買い物スポットも増えて来ている

 美園地区に1番最初に出来た商業施設がイオン浦和美園ショッピングセンター(現イオンモール浦和美園)です。
 浦和美園駅の駅前開発はまだまだ先になりそうですが、住宅建設が進み、商業施設も少しずつですが増えてきています。

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→ 浦和美園のお買い物スポットって何があるの??

美園地区の歴史と都市開発

美園地区の歴史・鉄道が走っていた

 美園地区は、大宮台地の一部である安行台地から中川低地にかけて位置し、旧石器時代の遺跡から、2万5000年前には人が住み始めていたとされています。

 江戸時代には、日光街道の脇街道として整備され徳川将軍の日光東照宮社参に利用された「日光御成街道」が本地区を貫いていました。本地区においては、同街道の起点である本郷追分から岩淵宿~川口宿~鳩ヶ谷宿と北上して4つ目の宿場町である「大門宿」が栄えましたが、1694年建造の大門宿本陣表門は県指定史跡として、1775年建造の大門宿脇本陣表門は市指定有形文化財としてそれぞれ現存し、当時のようすを今に伝えています。

 大門宿周辺は「明治の大合併」により1889年4月に「大門村」となりました。1924年10月に蓮田~岩槻間で開業した武州鉄道が、1928年12月には岩槻から大門村の「武州大門駅」まで南に延伸しました。北に隣接する野田村にも「武州野田駅」が置かれ、1936年12月に神根(現川口市石神)まで更に南に延伸した際には「下大門駅」も置かれました。武州鉄道は経営難により1938年9月に全線廃線となりましたが、現在美園地区を縦貫する国道122号線は、その武州鉄道廃線跡も活用して整備されました。(1970年3月に岩槻鳩ヶ谷バイパス開通、1980年3月に同バイパスに沿って東北自動車道開通)。

 なお、「昭和の大合併」により、1956年4月に戸塚村・大門村・野田村が合併し、「美園村」が成立しました。1962年5月には、旧大門村(一部を除く)と旧野田村が浦和市に、旧大門村の一部と旧戸塚村が川口市にそれぞれ編入され、美園村は消滅しましたが、以降浦和市に編入された地区は「美園地区」と称されるようになりました。

美園について|UDCMi|アーバンデザインセンターみその

 武州鉄道があったことを記す 「停車場道路工事記念碑」 が重殿社境内(浦和美園駅西口から徒歩約15分)にがあります。埼玉県のお土産でも有名な梅林堂の「武州パイ」はここから来ているのでしょうか??

美園地区の都市開発

1985年7月に、地下鉄7号線(南北線)が浦和東部まで延伸する方向性が国において示されました(運輸政策審議会答申第7号)。埼玉県が中心となって第三セクター「埼玉高速鉄道株式会社」が1992年に設立され、同社を中心に地下鉄建設が進められ、2001年3月に「浦和美園駅」が開業しました。

一方で、1996年5月に2002年FIFAワールドカップの日韓共同開催が決まり、同年12月には、埼玉県が本地区内に整備計画中であった県営サッカー場もW杯国内開催地に正式決定しました。同サッカー場は1997年2月に造成工事着工、1998年5月には建築工事が着工され、2001年10月に「埼玉スタジアム2○○2」としてオープンしました。

これらと期を同じくして、新駅とスタジアムの周囲の都市整備も並行して進められることになり、2000年以降、総面積にして約320ha、計画人口約32,000人の大規模な土地区画整理事業(区域愛称:みそのウィングシティ)が開始されました。2006年4月には駅東口の先行整備街区がまちびらきとなり、大規模な商業施設やマンションも建設され、新しい街が姿を現しつつあります。

美園地区は、市の総合振興計画においても、スポーツ、健康、環境・エネルギーをテーマとした「副都心」の形成を目指す事とされており、暮らしやすく、活力あるまちとして、今後益々の成長・成熟が期待されています。

美園について|UDCMi|アーバンデザインセンターみその

当ブログでは2017年12月から毎月「浦和美園の都市開発情報」を書いており、少しずつ変わっていく美園地区をご覧ください。

【関連記事】
浦和美園はどう変わっていくの??

まとめ

「サッカーの街・浦和美園」戦略 街の魅力について【前編】
浦和美園駅ってどんな駅??
埼玉スタジアム2002ってどんなところ??
→ 浦和美園の公園ってどんな公園があるの??
→ 浦和美園のお買い物スポットって何があるの??
浦和美園はどう変わっていくの??

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